日経平均 暴落の記憶:チャートが語る日本経済の転換点

株式投資(日本株 外国株)

はじめに

日経平均の年足チャートは、単なる価格の推移ではない。

そこには、政策の迷走、世界情勢の激変、企業の苦悩、そして投資家の感情が刻まれている。

この記事では、過去40年の代表的な暴落年を振り返りながら、日本経済の転換点を読み解いていく。

1987年:ブラックマンデー

10月19日、米国市場が突如崩壊。

翌20日、日本市場も連鎖的に暴落し、日経平均は1日で約15%下落。

原因はプログラム売買の暴走と金利上昇懸念。市場は「機械が市場を壊した」と恐怖に包まれた。

1990年:バブル崩壊の始まり

1989年末、日経平均は史上最高値38,957円を記録。

しかし、地価高騰への警戒と金融引き締め策(公定歩合の急上昇、総量規制)が重なり、資産バブルは崩壊。

1990年は年間で約38%の下落。チャートは“熱狂の終焉”を冷たく描いた。

1997年:アジア通貨危機

タイのバーツ暴落を皮切りに、アジア各国の通貨が急落。

日本では山一證券の自主廃業が象徴的な出来事となり、金融不安が拡大。

市場は「日本も沈むのか」という不安に包まれた。

2000年:ITバブル崩壊

米国NASDAQの崩壊が日本のハイテク株にも波及。

新興市場の熱狂が冷め、投資家は「未来への期待」から「現実への失望」へと転じた。

日経平均は4月に急落し、テクノロジー神話が崩れた瞬間だった。

2002年:平成不況の底

希望退職者4万人、失業率5.4%。企業収益悪化と消費低迷が続き、日経平均は8,000円台に沈む。

チャートは“静かな絶望”を映し出し、平成不況の終焉と「いざなみ景気」の始まりを告げる転換点となった。

2008年:リーマンショック

米国の投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻により、世界的な信用収縮が発生。

日本市場も10月に1日で11%超の下落。金融システムへの信頼が崩れ、「資本主義の限界」が囁かれた年。

2011年:東日本大震災

3月11日の震災直後、原発事故の影響も重なり、日経平均は15日に1日で10.55%下落。

市場は「経済よりも命」を優先する空気に包まれ、株価は不安と混乱を映した。

2015年:チャイナショック

中国経済の減速懸念と人民元切り下げにより、世界市場が動揺。

日本も連鎖的に株安に。

「中国が世界を揺らす時代」が始まったことを象徴する暴落だった。

2016年:ブレグジット & トランプショック

英国のEU離脱決定と米国大統領選でのトランプ勝利により、市場が混乱。

日経平均は6月と11月に急落。グローバル秩序の揺らぎが、投資家心理を直撃した。

2020年:コロナショック

パンデミックによる経済活動停止。

3月には世界同時株安となり、日経平均も急落。

「未知のウイルス」が市場を支配し、恐怖が価格を押し下げた。

まとめ

日経平均の暴落は、単なる数字の下落ではない。

それは、経済の構造変化、社会の不安、そして人々の感情の記録だ。

年足チャートを読み解くことで、私たちは過去の教訓を未来の判断材料に変えることができる。

ただ、急落時は買い、の格言通り、急落の際はすぐに値を戻す可能性が大きい。

現在は日経平均が5万円を超えて高値を更新中。

いつ急落するかは不明の状態です。

資金を全部投入するのではなく、急落の際に投入できるように一応保険をしておく予定です。

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